王永慶は台湾の松下幸之助?台湾プラスチック創業者で遺産が莫大!

この記事は2分で読めます

王永慶

台湾で活躍している日本人タレントの佐藤麻衣さんと、
台湾プラスチックグループの御曹司である王泉仁さんが結婚とのことで
話題になっています。

実はこの王泉仁さんのお父さんは王永慶さんと言う方で、
「台湾の松下幸之助」と呼ばれたほどの人物であり
台湾プラスチックの創業者でもあります。

一体、どんな人物だったのでしょうか?

SponsoredLink

実は家は裕福だった?

王永慶さんが語られる時の定番は、

「幼少期に貧しい家庭で育ち、15歳の時に丁稚奉公へと行き、
1年後に自らの店を出して独立。
その後に自らの事業を次々と成功させ、
台湾だけでなく世界的にも有名な経営者となった」

というものです。

この経歴が日本の松下幸之助さんとかなり似ていることから、
「台湾の松下幸之助」と呼ばれるようになったと思われます。

 

しかしながら、よくよく調べてみるとこの王永慶さんが育った家庭は
特別に貧しいものではなく、むしろ裕福な方だったようです。

そのことは過去に本人も口にしており、

「家計には比較的ゆとりがあり、
服は生地から新しく仕立ててもらっていた」

とその幼少時代を振り返っています。

また、自分の店を持つ際にも父親から開店資金を援助してもらっており、
その金額は一般的な公務員の1年分くらいの給料くらいだったとか。

 

どうやら幼少期の生い立ちに関しては、
松下幸之助さんとは違うようですね。

成功の秘訣はバイタリティ!

SponsoredLink

王永慶さんは自分で米屋を開店した後は、
脱穀所やレンガ工場などを立ち上げ、木材事業にも手を広げました。

そして37歳の時に台湾プラスチックを創業。
この企業は台湾のGDP(国内総生産)の約7%を占めるような大企業にもなります。

こうしてみてみると、米屋からいきなりプラスチック企業を創業したわけではなく
かなり長い期間をかけながら、着実に実績を積まれてきたことが分かります。

 

ちなみにこの台湾プラスチックは社内運動会を毎年やっていたそうなのですが、
名物の種目が「5km走」というものでした。

これは、王永慶さんが先頭に立って、その後ろを幹部社員が追走するというもので、
その人数はなんと数百人にも及んだのだとか。

高校生の体育祭ならまだしも、大人の運動会で5kmも走るとは、
さすがです(^_^;)

 

ただ、驚くべきはここからで、
王永慶さんは83歳のときまでこの競技に参加し続けたのだとか。

翌年にはさすがに主治医がドクターストップをかけたものの、
ピストルを撃つ係を務めたそうです。

いやはや、驚くべきバイタリティです・・・。

ちなみに、この5km走には大物政治家である、
馬英九総統も何回も参加してくれていたとか。

実業だけでなく、政治の世界にも友人が多くいたようです。

そんな王永慶さんは91歳の時にアメリカの工場視察のための出張で体調を崩し、
逝去されます。

最後の最後まで仕事に生きた人でした。

遺産の金額がすごい!

2007年にフォーブスの長者番付に出たこともある王永慶さん。
その遺産の金額も凄まじく、
台湾での遺産総額は約1,700億円と報道されました。

しかしながら、海外にも約5,500億円の遺産があったとも言われており、
その総額は約7,000億円となります。

金額が大きすぎて、全く想像がつかないですよね(^_^;)

ちなみに最近は松下幸之助さんが創業したパナソニックも
長引いた不信から脱却の兆しを見せており、
今後の展望が注目されています。

今は亡きお二人は、
自らが創業した会社の現在をどのような心境で見守っているのでしょうか?

SponsoredLink
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る
  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。